ミカヅチが下した決定の甘さに意見すると、
「天流宗家は島流し」と答えが返って来た。
なかなかの沙汰だがしかし、月の勾玉ごと、というのが気にくわない。
タイザンは高い天井を眺める。
天流宗家と飛鳥ユーマは屋上だ。
近くにガシンも潜んで居るはず。そう簡単にゆくものか。
全ては、筋書き通りに進んでいる。
と、思いながらタイザンは慌てて袴姿に着替えていた。
社長と他部長たちも、
白虎同士の決着がつく前に儀式を済ませるため、
つまり島流し準備のために大急ぎで着替えていた。
雪がチラつく9月のはじめ。
4部長はそれぞれ、担当する四鬼門解放を命ぜられた。
計画のためには必要不可欠な出張命令だ。
今度はタイザンも唯々諾々と従ったものの、
会議室を出てひとりごちたのは
「わたしが最も遠方か」
しかめっつらから吐き捨てた一言だった。
部長室へ続く廊下を歩きながら、意味も無く幹部服の袖口を整える仕種を繰り返す。
「確かに相性からみて都合が良いのもわからぬでもない。おまえは土属性だし」
話し掛けられていたらしい、と気付いた式神の透けた影が
シュイーンと現われ呑気に首を傾げて応えた。
『旦那の切符が他の親分さん方より大きいのはそのせいで?』
「航空券だからな。クレヤマさんはともかくナンカイ部長とオオスミ部長は
部下を大勢連れて行くものだから経費が嵩む以前にチケットの都合がつかず新幹線なのだ。
オオスミ部長にいたっては強酸に耐えうる設備や計器までも搬入するそうな」
『そいつぁ賑やかだ。旦那は一人旅ですかい』
その問いには答えず、タイザンはオフィスのドアを乱暴に開閉した。
明日は筑豊炭坑まで出張、と聞いたガシンが駆けつけたのはもう夜更けだった。
「タイザン!土産は福岡限定明太子弁当でもご当地トンコツ丼でもどっちでもいいぜ!!」
「…貴様、社外秘のデータを持って天神町に戻る予定ではかなったか」
日帰りなのにかさ張る荷物——和装一式——をまとめ終え、
明日に備え就寝しようとしていたタイザンは
不機嫌からくる無表情で冷たくあしらうが、対する返答は全くテンションが落ちず、
「東京なんてすぐさ、原チャ移動は便利だぞーう。丼は冷えちゃうけどな。
でも九州まではさすがに…っておいおい無視するなよ〜!タ〜イザ〜ン!!」
たまりかねたタイザンは、頑丈なダイニングテーブルへ力任せにげんこつを降り下ろし
「…うるさい!明日は羽田発8時の便なのだぞ!」
幼い頃から知る彼の怒鳴り声には慣れていたガシンだったが、
肩がビクリと跳ね、歪めた表情には恐怖が見て取れる。
衝撃だったのは、朝が早いんだな、なんてコトではなく
「羽田…ってまさか…タイザン…」
「……」
「…のるのか…」
「……」
「…ひこうき…」
重々しい沈黙。
ややあってタイザンが口を開く。
「聞け、ガシン」
「ハイ」
「おれはあの巨大な鉄まりが飛ぶ科学を理解しようと、いろいろと調べた。ネットで。」
「科学ってすごいよな」
「だが、推進力、気圧など最もらしく説明はあるが、理解にまでは至らない。
オーブントースターの仕組みを理解し電子レンジの原理をも解したおれでも、
…何故、あれが飛べるのか、…解せぬ」
神妙に同意し頷くガシンの背後に現われた青い影が、陽気に二人を笑い飛ばす。
『HAHAHA、タイザン!飛べるものは飛べるのさ、ボクみたいにね!』
「黙れ。おまえは青龍だろう。」
「旅客機はおまえの大降神より大きいんだぞキバチヨ。」
『…キミたち目がマジだね』
タイザンは通勤で必要に駆られ電車に慣れたようだが
未だにスクーターを見る目つきは伏魔殿で妖怪に合ったときよりも厳しいし、
自分の契約者は電車もバスも苦手で公共交通手段は一切使わない。
キバチヨは全く現われる気配の無い霜花に思い当たり、
オーケー、関わってもどーにもならないってコトね、と納得して白い上着の内側へ引っ込んだ。
翌朝、「空港には空弁がある。空港が飛ぶワケじゃないだろ」
とガシンなりの励ましを背にうけたが、
他人事だと思ってこのやろういずれ貴様とは白黒つける日が、としか思えないままタイザンは羽田を目指した。
丸腰で飛行機になど搭乗できない。
空港に着いてすぐ、手続きとともに荷物を預けたが、ドライブは懐。符も充分携帯している。
世界的企業の部長職を勤める彼は、意を決して搭乗口へ向かう。
その時
神操機の中の式神は、危機的なまでの契約者の強い思いを受け降神かと身構え意識を外へ向けた。
が、降神は唱えられず、思念はガンガンと頭に響くほどの大音響で
これはプラスチック、これはプラスチック、これはプラスチック、
これはプラスチック、これはプラスチック、これはプラスチック、
『…何ごとですかい』
「機械と見えるが所詮は思念の織りなす依代。必ずや機内持ち込みを果たしてみせよう」
金属反応はなかったが提出を求められた神操機は携帯電話とともにチェックされてゲートを通過した。
横柄と毅然とがあいまった態度で「玩具です」と言ってのけた会社員は、
誰にも咎められずに済んだのだった。
1刻あまりのち、キバチヨ並みの顔色で福岡空港に降り立ったタイザンは、あることに気付いた。
帰りも飛行機に乗らなければならない。
それだけじゃない。
担当の四鬼門へはミカヅチの命令があればすぐに飛んで向かう必要があるのだ。
…当分はてるてる坊主になるためだけに!
「…ミカヅチめ…いまにみていろ」
『旦那ー、あれがくだんの廃坑じゃありやせんかねぇ』
「式神 降神 !」
オニシバは障子の向こうから何やら謡いつつ現われ、演出効果たっぷりに唐傘を放り投げた。
「霜花のオニシバ、見参! さてさてお次は大降神ですかい」
「オニシバ!」
「ヘイ!」
「着付けを手伝え」
ひと仕事終えたタイザンは福岡市内で食事をとった。
おいしかった。
帰りの便に間に合うよう、空港へ向かう足どりは重いが
着々と進む地流の計画は順調だ。
ターミナルでふと湧いた余裕に周囲を見渡せば、「空弁」という文字が目に入った。
その土産コーナーの前でタイザンは立ち止まり思案する。
「…土産か。」
ガシンの土産など買うつもりは毛頭なかったが、
社長ならび他部長へ土産を渡せば社内での評価と円滑な付き合いに繋がるだろう。
「何が良いと思う」
『ま、無難といやァ菓子折りですかね』
「そうだな」
タイザンはあれこれ心遣うのも腹が立つので、売れ筋らしい箱を適当に選んだ。
物珍しそうに土産物を見渡していた式神は、会計中の闘神士の持つ菓子を見て
(癒火族にあんなのがいたっけ)と思っていた。
ふたりとも、まさかその銘菓が、東京土産として有名だとは考えもしなかった。
翌日社長室で恭しくひよこを差し出された時
ミカヅチはタイザンの素性を確信したとかしないとか。
--------おわる
雅臣さんはお土産を貰えなかったので
自分でせめて四国まで、できれば青森にも行こうと決めました。
東京限定巧みの味四人前はやっぱり冷たくなっていました。
また、別の話ですが、サンダル履きの少年が福岡行きの飛行機に乗る時
神操機を空港職員に見咎められましたが、
同じ形のアイテムが「玩具です」の説明で何度も通過した事を
職員が憶えていたので簡単に持ち込みOKが出ました。