※アニメその後ドタバタ、漫画版の話題含みます。
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ヤクモは居間でのんびりとお茶の準備をしていた。
父とイヅナは留守中で、他に人の気配はない。
人だけでなく式神も全員、神操機の中で寛いでいるらしく部屋は静かで
お茶も自分のぶんだけを準備をしている。
そこへ、久々に…といっても、大戦が集結してから何度も遊びに来ているマサオミが姿を現わした。開け放していた縁側から。
苦笑混じりに、注意するでもなく声をかける。
「またそんな所から。前にイヅナさんに玄関から来いと怒られてたろ」
「……ああ」
予想外の鈍い反応を、ヤクモは怪訝に思った。
いつも底抜けに明るく登場するマサオミの表情に陰がさしている。珍しいことだった。
心配になったヤクモは自ら縁側へ近寄るけれど、項垂れた顔は長い前髪に隠れて良く見えない。
「どうかしたのか」
聞けば、途方にくれたように視線を彷徨わせたあと俯き、グッと拳を握りしめ震える声で
「姉上が…」
「ウスベニさんがどうかしたのか?」
「姉上が嬉しそうなんだ」
「?それで」
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、マサオミは縁側の床板を殴り、バッと上げた顔は
地流宗家なみに瞳が燃えていた。
違うのはそれが仄暗くいやーな炎だったことだった。
床板ヘコませたらまた怒られるのに、と心配するヤクモを無視して
マサオミは何度も小刻みに床板を叩きながら言った。
「あいつがあんまり姉上といるから、ちょっと原チャで割り込んだだけなんだ!なのに姉上に怒られるし、キバチヨにまでたしなめられるし、オニシバは哀れんだ目で見るし、子供たちは子供だなって笑ってるし!挙げ句あいつ『あまりガシンを叱るなウスベニ』だとうおお!? 姉上にいい顔しやがって!騙されないでください姉上!そのまま見つめあうのも止めてください姉上!せっかく再開できた俺の姉上なのにどうしてあいつとばかり一緒に居るんだ!どういうことなんだヤクモ!」
「どうって…、そうかウスベニさんとタイザンさんはラブラ」
「言うなヤクモ!」
封印を解くことを阻止しようと対戦した時よりもすごい形相で睨まれてヤクモは黙った。
マサオミの嘆きは止まらない。
「あっの野郎っ、諸悪の根源だったくせに!」
「それを言っちゃ…」
…きっと里ではみんな平和に楽しく暮らしているんだろうな…マサオミ以外は。
そう思いながら、ヤクモはゆのみをもうひとつ用意してお茶を淹れた。
「そこでだヤクモ、協力してくれ。」
座敷で茶を手にして少し落ち着いたらしいマサオミは、
同い年の闘神士に詰め寄った。
「おまえなら警戒されないだろう。里のみんなも油断するはずだ」
「待て、何の協力だ」
黙っていたら不穏な空気のまま勝手に話が進みそうで、ヤクモが努めて冷静に問うと
「もちろん!姉上を独り占めするタイザンをぎゃふんと言わせちゃうぜ大作戦だ!」
高らかな宣言に、ヤクモの背後から5つの溜息が聞こえた。
『ツッコミどころがありすぎますよー』
『馬に蹴られそうな話であります』
『男の嫉妬とは見苦しいものだな』
『とんだシスコンでおじゃる』
『本気で言ってるんだから痛いよね』
幸い5体一斉のツイートはヤクモにしか聞き分けられなかった。
この調子で放っておいたらマサオミは道を踏み外しかねない勢いだ。
同じ闘神士として、友人として、チーム17歳として自分はどう諌めるべきだろう。
ヤクモは慎重に言葉を選んだ。
「聞くが…具体的に、どういう作戦なんだ?」
「それを今から考えるんだ。今日は泊めてくれヤクモ」
何の策もなかったのかと脱力する前に、ヤクモはその言葉を訝った。
「マサオミ…おまえまさか」
「違うって、馬鹿言うなよ!家出じゃないぞ、これは抗議の出奔なんだ!」
「みんな心配してるんじゃないのか」
「いいんだどうせ俺なんて」
小さくなって膝を抱え畳の目を数え始めたマサオミを、ヤクモは生あたたかい目で見るしかなかった。ちょっと頭痛がした。
夕刻。
神社の一人息子の友人は、父とその闘神巫女に一宿一飯を快諾されて
吉川家の食卓を共に囲んだ。
料理を絶賛されたイヅナさんも、遠い所から息子に会いに来てくれたと思っているモンジュお父さんも、心から歓迎してくれた。
もちろん家出中だとか出歯亀協力を要請されてるだとかは言っていない。
マサオミは終始社交的にそのひと時を過ごし、礼儀正しく合掌して「ごちそうさまでした」と唱えた途端
「さあ、ヤクモ!作戦会議といこうぜ!」
「えっ」
「大丈夫、俺たちならできる!」
明るく、普通に聞けば前向きともとれる発言をした客人に、モンジュは柔らかく笑いながら
「何の会議が始まるんだい?」
「そ、それは…」
父の問いに口籠る息子をあたたかい眼差しで見ていたイヅナはクスクスと笑んで
「モンジュさま、お友だちどうしの相談事は秘密にするから楽しいのですよ」
それもそうだ、とおおらかに笑う父の姿は頼もしく優れた人柄を伺うに充分で、ヤクモはいっそ相談してしまいたいと思ったけれど、
「必ず作戦は成功させます!頼りにしてるぜ、ヤクモ!」
と調子良くいうマサオミに連行されて適わなかった。
部屋ではさっそく会議開始となったが、ヤクモは当然ながら気乗りしない様子で、第一声も溜息混じりだった。
「とは言ってもなあマサオミ。二人の仲を裂いたりなんて、」
「違うぞヤクモ、そうじゃなくてタイザンをぎゃふん作戦だ」
ヤクモはきょとんとまばたきをした。
「…あー、別れさせたいって言うんじゃないのか」
確認のように問われたマサオミは驚いて、顔色をなくし身震いする。
「とんでもない、そんな事が姉上にバレてみろ、怒られるどころじゃない。姉上はなんというか…、そう、強いんだ。」
無難な言葉を選んだ返答だったけれど、イヅナさんに育てられたヤクモは分かる気がしてしまって曖昧に頷いた。
「というか、ぎゃふん作戦ならバレてもいいのか。」
ヤクモの呟きをスルーしてマサオミは要点をまとめる。
「ターゲットはタイザンで、目標は姉上の独占禁止!」
「……」
--それって僻んでるだけなんじゃないか?
つい素直な感想を言いそうになって口を噤んだ。
なにしろ彼は長い長い間、姉を思う一心で過ごしてきて、思うあまり周りが見えなくなる症状は巻き込まれたヤクモもよーく知っている。
だから姉の幸せを願って、ふたりの仲のことを頭では理解して、心の底では応援しているとしても、やはりどこか不服なのだろう。
そして、当然その不満は姉ではなく相手の男へ向く。
…ブリュネの言う通り、馬に蹴られそうな話だなあ、そういえばブリュネのやつ、よくそんな言葉知ってたな。
あいつら、知らない事は知らないのに、意外な事を知ってたりするんだよな。ははは。
関わりたくない余り現実逃避し始めたヤクモに視線を外されたマサオミは、そうはさせるかと言葉を続けた。
「ヤクモ、姉上どころじゃなくなるようにする方法、何かないか。」
「うーん…」
『簡単な話でおじゃる』
「教えてくれ」
突然割って入った声なのに早い対応と言うか順応だった。
ヤクモは必死だなコイツと思った。
きっとサネマロは面白がって口挟んできただけだぞ、と気付いたけれど
特にアイディアの無い彼は黙って式神が喋るに任せる。
『同じ以上に良いものを与えるか、途方もなく困らせるでおじゃるよ』
得意気に言う式神に、マサオミは感心して相槌をうった。
「おお、なるほど。例えばなんだ」
『人間の男なら美女を与えるとか、』
「無理だ。姉上ほど美人かつ可愛らしい女性なんてそういない」
真顔の即答にヤクモはついていた肘を滑らせたが、提案を却下されたサネマロはフンとすまし顔で腕を組み
『他に関心ごとがあれば良い話。困らせる手の方が良いようでおじゃるな』
「あの横柄なヤツを困らせると言っても…いや結構頻繁に困ってるっていうか悩みだらけで自己完結させる悪癖があるっていうか」
『難しいでありますな』
『人の心情とは複雑なものだ』
『台本通りじゃダメなんですよー、芸も料理も応用が利かないと』
気付けば式神5体と車座になって額を突き合わせていた。
霊体といえど、ヤクモもマサオミも強い力を持った闘神士なので、
感じる存在感はなかなかに大きい。そして喧しい。
口々に意見を述べる中、無邪気な声音が場の空気をさらった。
『式神を倒せば良いんじゃないかな!』
全員の視線がイルカに集中する。
悪びれた様子は無く、注目されて大きな目をパチリと瞬き
『なに?ボク、変なこと言った?』
「や、それは。」
さすがにマサオミも賛成しかねて苦笑いだった。
何しろ彼は式神との絆をMAXまで高めた極めし者だ。
しかしサネマロは手にした扇子をポンと打ってタンカムイを指し
『それでおじゃる!』
『久々の晴れ舞台になりそうですねえ!』
半透明ながら、黒くピカピカした鍬部分を動かす嬉しそうなリクドウの横でタカマルとブリュネが深く頷く。
『我らならば霜花相手に遅れはとらぬ』
『関心どころか記憶喪失でありますな』
マサオミは引きつった笑顔でヤクモに助け舟を求めた。
ヤクモはポカンと開けていた口を閉じて、慌てて式神たちを止める。
「おい何言ってるんだ、ダメだぞそんなの。せっかくタイザンさんが思い出してオニシバが戻ってきたのに」
サネマロはころころと笑って
『なあに、倒さずとも長い連れでおじゃれば、借りるだけでも困るものであろ。多分。』
「借りるだって?」
「確かにオニシバはタイザンの痛い所かもしれないが、だからこそ借りるってのは難しいな」
『無論、そちには難き手段におじゃるところなれど…』
サネマロはヤクモを見た。
次いで全員がヤクモを見た。
翌朝、早いとも遅いともつかない時間に、玄関チャイムの音が鳴った。
作戦会議で夜更かししたヤクモとマサオミはダラダラ寝ていたけれど、
その音で目が覚めた。
普段なら起床済の時刻だが、イヅナさんが気を利かせてくれたらしい。
そのイヅナが玄関で応対して座敷に案内した誰かと、モンジュがなにやら丁寧な挨拶を交わしている気配がする。
最初の方はよく聞き取れなかったが、客間からの父の
「いやあ、これはわざわざ、お気づかい頂いて…」という恐縮した声を拾って
自分には関係ないお客さんだな、とヤクモは大きく欠伸をした。
父と客のやり取りは続く。
「いえ、その節は太白の社に大変なご迷惑をおかけしました。本来であればすぐにでもお詫びに伺わねばならないところ、遠方ゆえ足を運べず申し訳ない。まして度々、 愚 弟 が お邪魔しているそうで、失礼を働いていなければ良いのですが」
「ははは、とんでもない。ヤクモと仲良くしていただいて。息子が増えたようで賑やかですよ。」
今度の会話はハッキリと耳に届いた。
特に愚弟のくだりは発言者の思い入れが強かったらしく特別声を張って聞こえた。
顎をカクーンと落としたマサオミは我に返って座敷にすっ飛んで行く。
ヤクモも仕方なく後に続いた。
駆け込む勢いでふすまを引くと、正座しモンジュと向かい合い、手土産の菓子折を包んでいたらしい風呂敷を優雅に懐へ仕舞うタイザンがいた。
「な…!おま…っ、どうしてっ…」
この座敷は、昨日ヤクモと茶を飲んだ座敷と続き間だが、立派な床の間の誂えからして来客用のひと間だった。
歴史を感じさせる軸を背にモンジュがいて、下座にタイザンが座っている。
天流社の当主に恭しくご挨拶のスタイルだった。
この男はちっとも謙虚ではないが、謙虚にみせかけて振る舞うことができる。
マサオミは内心舌打ちした。
吉川家での醜態イメージを払拭しようと、全身よそ行きサラリーマンモードフルスロットルで佇んでいるという事は彼にはバレバレだった。
気持ちは分かるが、こういう時タイザンはガシンを子供扱いするので気に入らない。
この時も、タイザンは一瞥し里の子らを叱るのと同じ口調で
「やはりこちらに迷惑をかけていたのか。なんだ、寝起きのような姿でみっともない」
「おいおい恩人の息子にみっともないはないだろ」
背後から現れたヤクモも当然寝起き姿だった。タイザンのまなじりが吊り上がる。
「貴様がみっともないと言っているのだ!そっちの伝説に言っているわけでは無い!」
低い沸点を突かれ怒鳴り返したタイザンは、目を丸くしているモンジュに気付いて咳払いし、浮いた腰を落ち着け姿勢の良い正座をキープする。
明後日の方角を向き、のほほんとしているマサオミに苛つくのを堪え、
「とにかく。勝手に飛び出すなど皆が心配するだろう。ウスベニをあまり困らせるな。」
家出というのは内緒だったので誤魔化すようにヤクモが口を挟んだ。
「それでタイザンさんはマサオミを迎えに来たんですか」
「ああ…--いや、」
「姉上が!?姉上が俺を心配してわざわざ…!すみません姉上…っ!!」
ウスベニの名前が出た途端、人が変わったように盛り上がるマサオミを無視して、真面目な顔つきでタイザンがそらんじるのを、吉川親子は複雑な思いで見守った。
「いや、塩と砂糖、醤油にみりんとテフロン加工の鍋の購入を頼まれ…」
「………ええと、それじゃすぐに帰る必要はないワケだな」
確認するヤクモに、タイザンはよそよそしく応える。
「そうだが、あまり長居もできぬ」
『チャンスでおじゃる』
「ん?誰か何か言ったか?」
モンジュはまだ立ったままの二人へ向け首を傾げた。
この場の全員が聞きとれてしまうはずの言葉を無かったことにもできず、ヤクモはこっそりマサオミを肘で突く。
「こっちの話なんだ、何でもないよ父さん。…マサオミ」
「あ?ああ」
ぎゃふん作戦の言い出しっぺは突かれてようやく思い出した。
ヤクモは神流の客人へ視線を移し、
「父に用が済んだのなら、少し良いだろうか。タイザンさんに頼みがあるんだ」
天流の伝説から名指しされたタイザンは軽く驚いたように片眉を上げた。
三人は場所を境内に移した。
もともと参拝客が稀な神社とはいえ、ひとの気配が皆無だと思ったら、
簡単な結界が張ってあった。
マサオミもタイザンも何も言わないが、気付いた瞬間からヤクモの作った結界だと判っている。
空は快晴、時折遺跡がある辺りの社叢から、鳥の囀りが聞こえた。
刻渡りして来ているのを忘れそうになる長閑さの中、
それまで黙ってついてきたタイザンは立ち止まり腕を組み、ヤクモに向かって聞いた。
「それで。わたしに頼みとは何だ。」
ヤクモが答えるより早く、イルカの影が現れ
『サネマロとタカマルばっかりズルイよ!』
『タンカムイ、我々は我慢するであります』
『舞台上の木の役でも引き受けますよー?』
「家に代々伝わる絵草紙があって、」
「…よくその騒がしさを無視して話を続けられるな。それで。」
「絵草紙のタイトルは『桃太老』といって、俺が小学生の時に刻渡りした
過去の事件が元になっているんだ」
「昔ばなしのそれなら現代の基礎知識のひとつとして知っているが」
「いや、桃太郎じゃなくて桃太「老」という」
話が見えなくてタイザンはチラリとガシンを見遣るが、彼は小さく頷いただけだった。
どうやら先にあらましを聞いているらしいと知れる。
タイザンは右足にかけていた重心を左足に移し、続けてヤクモが語るのを聞いた。
敵との勝負はモモタ老との共闘だったのに、その絵草紙の中でヤクモは白虎と雷火と同列の扱い、猿として登場するのだという。
「いくらモモタさんの孫の著作と言えど、俺はいまだにあれに納得できない」
「気持ちはわからぬでもないが」
「そんなにあの頃の俺はお供っぽかったのだろうか。もっとヒーロー然としたオーラと言うか、魅力が必要だったのかもしれない。そう考えた俺は、これまでずっと清く正しく主人公らしくを心がけ、闘神士としての特訓を積んできた。ポーズとかも。」
「…気持ちはわからぬでもないが」
マサオミは熱っぽく喋るヤクモを見て、
けっこうノリノリじゃないか、ていうか目が真剣だぜヤクモ。
あのタイザンが引いてるとはな…さすが天流の伝説は伊達じゃ無い。
と、感心しつつ成り行きに注意を払いつつ、傍観していた。
ヤクモの熱弁は佳境に入る。
「だが、幸い俺はいま、雷火族と榎族の式神と契約している。」
ヤクモの言葉に、タカマルとサネマロの影が出てきた。
タイザンは先程のイルカと青龍とチリクワガタのセリフを思い出した。
薄々頼み事というのが何なのか読めてきた所だった。
人払いの結界が張ってある理由にも得心がいった。
「あと、霜花さえ揃えば、あの時の雪辱を果たせる…!」
「式神降神」
いつの間にか手に青い闘神機を掲げたタイザンが告げると
モノトーンの路を背負ってオニシバがゆっくりと歩いて来た。
「むすびの上のこの身の上、義理あるアンタにあずけやしょう
霜花のオニシバ 見参 !」
名乗りと共に、ビンテージフィルムの様だった視界が一掃される。
風もないのに見事に靡いた白い裾が落ち着くと同時に、契約者が淡々と声をかけた。
「話は聞いていたなオニシバ」
「ヘイ」
タイザンはヤクモに向き直り
「吉川ヤクモ。オニシバはわたしと離れても1日や2日は動き回れるだけの気力を貯めてある。無論、技などは使えぬが、連れ歩くくらいはできよう。」
「えっ、本当にいいのか!?」
オニシバの闘神士は顔色ひとつ変えずに肯定した。
「伝説がついているのだ、万が一のこともあるまい。」
ヤクモはキラキラとした笑顔を向け、てらいなく心から感謝を述べた。
「ありがとう、タイザンさん!
式神、降神!タカマル!サネマロ!」
「雷火のタカマル見参!」
「榎のサネマロ見参! でおじゃる」
ヤクモの前に、タカとニホンザルとシバイヌが揃った。
感無量といった心持ちで、ヤクモはそれを眺めた。
「さて。我々は買物に行かねばならないのでな。夕刻には迎えに来る」
「ヘイ、ダンナ、お気をつけて」
「俺たちはそれまでに、絵草紙に残る活躍をして来よう!」
簡単ではなさそうな事を簡単に宣言したが
ヤクモが言うと間違い無くそうなる雰囲気があった。
「ああ。ではな。」
タイザンは眉ひとつ動かさずに応え、参道を辿ろうと振り向く。
「…どうしたのだガシン。口を閉じろ、ぱくぱくと釣りたての魚のようだぞ」
鏡の間にお供3匹を連れて駆けて行く伝説を見送って
マサオミはようやく口を閉じた。
…目的の根幹がもうなんだかとっくにズレている。
ヤクモは打ち合わせの段階から最初の目的をすっかり忘れている…というか目的を重要視していない徴候はあった。
ましてあの参謀格の榎族、自分が活躍できればそれで良いんだな。
しかしそんな事よりびっくりしたのは簡単に話がついたことだ。
「おい、買物に行くぞ。ガシン、この辺りの土地勘はあるな?」
「…まさかあっさりオニシバを貸すなんて驚いたな」
「借りがあるからな」
ガシンはタイザンを意外そうに見た。
言葉少ないが、これで借りが返せたと思っている訳でもないようだ。
それにしたって
「心配じゃないのか、技も使えないのに離れた所で何かあったら」
「…あやつの強さは神流総員で証明したではないか」
「それもそうだが」
「それに、… 信用できるだろう」
少し迷って選んだらしい言葉が意外すぎて、マサオミは驚きに目を見開いた。その反応に眉間にシワを寄せたまま笑った様に口元を歪めたタイザンは、あくまで偉そうに言う。
「同じ流派でも信用できぬ者もあれば、その逆も然りと知れたろう」
「……」
「どうした。なるべく交通量の少ない道を選べよ。車は危険だ。」
「はいはい…ってまだ克服できてないのか」
やれやれ、作戦は失敗だな、とマサオミは考えたけれど、残念には思わなかった。
京都市郊外を生活用品や調味料を買うためだけに回った二人は
全行程を徒歩で済ませたため買物量の割に時間がかかった。
吉川家に戻ると、ヤクモは先に帰って来ていて、
5つの霊体とオニシバとともに座卓を囲んでなにやら覗き込んでいた。
神流の二人に気付き式神たちが顔をあげる。
「どうだった」
開口一番、タイザンがオニシバに言った。
その口調から、やっぱり心配してたんだなコイツ、とマサオミはようやく気付いた。
「ヘイ、面白い体験をさせてもらいやしたが…」
『見てよ、ボク大活躍だよー!』
『やはり我々が揃いませんとな』
『まず出番がありませんとね〜』
マサオミは笑って、皆の囲む絵草紙を覗き込んだ。
「何だよヤクモ、結局勢揃いさせちゃったのか?」
「ああ…退治に向かった妖怪が火属性のやつらで、つい押し切られて」
タイザンもマサオミの斜め後ろから絵草紙を眺め、あまり呆れたように聞こえないよう努めて言った。
「…敵ではなく式神に押し切られたのか」
『あのような小物、まろで事足りたでおじゃる』
『皆揃わずとも充分倒せる敵だったのだが』
「…こんなはずでは…」
絵草紙には妖怪vs妖怪の大バトルが描かれていた。
桃太郎的雰囲気は微塵もない妖怪スペクタクル戦乱絵巻だった。
式神たちは妖怪扱いを全く気にしておらず、描かれている事を単純に喜んでいて、ヒーローを目指していたヤクモより、断然目立っている。
いつの間にか闘神機に戻っていたオニシバの影も愉快そうに
『あっしも、ちゃあんと描かれてやすぜ』
正義の妖怪たちを操る人間の横に犬が居るのを、タイザンは言われる前から双眸を細めて眺めていた。
妖怪たちと違って、犬はとても地味に犬だった。
「役立っているようには見えぬな。」
「そりゃあオニシバは技が使えないんだし」
「わかっている。」
吐き捨てるように答え、再度草紙を一瞥して短く嘆息した。
「帰るぞ、ガシン。」
「いてて、襟首掴むなって、立つからっ!」
タイザンは手短に暇を告げる。
「邪魔したな」
「またな、ヤクモ。今度はこっちにも遊びに来いよ!」
「ああ、またな、ふたりとも」
慣れたもので、鏡の間に向かうと、神妙に俯いたタイザンと小粋に二本指を振ってウインクしたマサオミは光に包まれあっさり帰って行った。
見送りつつヤクモは首を傾げた。
そういえばいつの間に闘神巫女抜きで勝手に移動するようになったんだろう。
神流は謎が多い。
包む光が始めと同じように穏やかに消えると、眼前にはどこまでも続く青い山野の景色が現れる。
いつ見ても、何度見ても、懐かしい景色だ。
「さてと、姉上にお土産も買えたし…って、おい、タイザン?」
「これも持て。」
里山の移動ポイントのわずかな高低差をひらりと飛び降りると、
タイザンは荷物を全てガシンに押し付けた。
倍の量を抱えるはめになり、口を窄めて抗議したけれど、手ぶらになったタイザンは気にせず歩きだす。
「おい待てって、タイザン…、おい?どこ行くんだよ、里はそっちじゃ…」
「暫し留守にする。明日か、明後日には戻る。」
ガシンは眉をひそめた。
そういえば、さっき絵草紙を見てからずっと、難しい顔で考え込んでいるふうだった。
「…まさかとは思うが」
「……」
「…妖怪退治?」
その問いには答えず、タイザンは鬱蒼とした木立の中へ歩いて行く。
「そんなにオニシバの扱いが不満だったのかタイザン…」
木々の合間に後ろ姿が見えなくなってからも、ガシンはしばらく唖然と突っ立っていたが
「あれ?…てことは…、タイザンが帰ってくるまで姉上を独り占めできるぞ!ヒャッホーウ!作戦大成功だぜヤクモー!!」
荷物を抱え直し、足どりも軽やかに姉の元へ向うのだった。
いろんな時代に、闘神士はいた。
中には突然異空から現れ、ちょっと不純な動機で妖怪を退治していく
なんかすごい闘神士もいた。
ともあれ、彼らのおかげで善良な人々は妖怪に苛まれる暮らしから救われ
平和に過ごす事ができたのだった。
犬一匹を連れたヒーローが村々を妖怪から救った、
という絵草紙もどこかにあるかもしれないが
太白神社ではまだ発見されていない。
完