生まれながらに能力の高い者はいる。
例えば、里の中でも高位の力をあの姉弟が揃い持っていたのは
やはり血なのだろう。
己の力は把握している。
それを彼らの潜在能力に及ぶものとするためには
より高い効果をもたらすすべを得ればよい。
足りぬものを補う方法などいくらもある。
いくらもあるが、重要なのは
状況を見極め多くの手段からあやまたず定める、相応しい道すじ。
それさえ間違わなければ、個の力の差など些末なことだ。
場に応じた正しい選択。
そう、強大な妖を力づくで封じるよりは、
ちょうど存在していた酒と塩を使い鎮めるが得策、と判じたのもそのひとつ。
「ダンナ」
「全くクレヤマは伏魔殿を甘くみすぎだ。持って来たか。」
「ヘイ、酒と塩をここに。」
「オオスミも計算通りにゆく場所ではないと身に沁みたろう。遅いぞ。」
「少々手間取りやした」
「よし、そこに置い…」
ぶちぶちと文句を垂れていたタイザンは
式神が指示通り置いた薬味皿を見て黙り込み、眉間に深い縦皺を刻む。
「……」
「計算通りに進みやせんで」
オニシバはさきほどの契約者の言葉を真似、肩を竦めた。
「何だこれは。」
「抹茶塩、七味塩、山椒塩でさァ」
「やけにカラフルだな…まあいい、塩にかわりあるまい」
闘神士の気力を喰らう伏魔殿。
その中でも、ここは予測できない負の気に満ちた場で、
住み着く妖怪が長い長い年月を経、フィールドと一体化したと考えられていた。
そのため属性も定まらず、他とは全く毛色の違う場が構築されている。
妖物と伏魔殿の特性が相まった時、どうなるのかなど、知りたいとも思わない。
前例もなく、確実に「大きな危険」を孕む場所は、
伏魔殿の不思議を熟知し住まう神流だからこそ避けていた場所だった。
「控えていろ。陣から出るな。」
「ヘイ」
座り込み幾枚かの符を配する闘神士の斜め後ろに、オニシバは大人しく座った。
神操機に戻った方がいいんじゃ…と考えもしたが、
「寝るなよ、オニシバ」
と言うところを見ると、戻すつもりはないらしい。
そして朗々と響き始めた呪詞を耳にして、言われたことに納得した。
紡がれる古いことほぎは、
万象をゆったりと、まどろむような心地にさせるものだった。
オニシバは寝たりはしなかったが、目を閉じて静かにそれを聞く。
地流の鍛練イベントに忌地が使われると知ってから
慌てて調べてみれば、どうやら普段は妖怪が眠っている状態にあるらしい。
おかげで詳しい事まで調査はできなかったが、
寝ているのならばそのままやり過ごすのが一番だ。
場が起きないよう、あらゆる手段で鎮め、深く眠るよう計らった。
オオスミの目論んでいたパワーメーターなどがあっては、
神流として配したそれらを見破られかねなかった。が、事態は場所の特性ゆえに好転した。
それでも何らかのデータ収集はしているようなので、大きく力が動く現象、
すなわち式神の降神を解く事は控え、下手に目立つのを極力避ける。
よい具合に、地鎮に繋がる酒と塩まで揃えられたし、
念には念を入れ、呪詞を唱え場を抑えがてら、鍛練終了を待つ心積もりだ。
(むやみに場を傷つけるような事さえしなければ、大事にはならんだろう)
ユーマは派手に技を出していたが、
ランゲツは心得たもので、不必要に空間を裂くような真似はしていない。
タイザンの詠唱は続く。
人ならざるものが対象のはずだが、人間でも寝ちまいそうだ、とオニシバは思った。
呪詞の影響がどこまであるのかわからないが
(あのぶどう酒があったら飲めたんだが。…真面目なダンナにァ反対されるか)
などと、いつになくくだらないことを、緩〜い心持ちでつらつら考えていた。
しかし突如、のんびりと流れていた時は、轟音とともに打ち破られた。
「!」
空気が、空間が揺れる。
フィールドを揺るがす荒々しい光線が何本も飛び交い始めたのだ。
霜花は陣の外よりも、契約者の反応を心配した。
穏やかに続いていた祓詞が、詠唱者の機嫌が急降下するのと同時に
グッと低いトーンでドロドロした音程になった。
息継ぎの合間に舌打ちしつつも、こうとなったら手を止めるわけにもいかず
オニシバを振り向いて目だけで「見て来い」と命じる。
完璧な意思疎通で、フラリと陣を出たオニシバだったが、回れ右する早さで戻って
「甘露の姐さんが必殺技を乱射してやす」
立てた親指で後方を指し、報告した。
示されたその方角へ視線を向けると、ちょうど1発ビームが発射され、
多くの悲鳴やら怒声やらが重なる。
タイザンは苦々し気に表情を歪めた。
ついに詠唱を止めてしまい、怒り心頭で立ち上がる。
「おのれ!人が必死に寝かし付けているというのに…、…っ、何だ!?」
立ち上がるなり、タイザンがふらついたので
オニシバは驚いて近寄ったが、同じように上体が揺れて踏み止まる。
互いに深刻な面持ちで足元に視線を落とした。
「オニシバ。地面が動いたぞ」
「てェより、何か這ってったような」
よく見ると地面がそこかしこでドクリ、ドクリと不規則に隆起し始めている。
「脈打っているのか。このまま起こすわけにはいかん」
闘神石の在り処は見当がついている。
できれば、消滅は避けたかったが、しかし。
「…間に合うか…?」
「何、これ?!」
「動いてるぞ!」
地流の闘神士たちは、多くの者が状況を把握できず、うろたえた。
オオスミ部長の攻撃で強制送還の障子は世話しなく開閉を繰り返していて
気力の足りない者や戦闘不能状態にあった凝寂使いのムツキを始め
数がバタバタと減っていった矢先。
地面に、不規則に何かが這いまわり始め、
テーブルが揺れ料理がこぼれ、食器が割れた。
「揺れる!」
「わー!肉のお皿が落ちるー!」
「こ、これ、鍛練と関係ないよな!?」
この地表の隆起も誰かの技かと考えた者もいた。
しかし見渡す限り一様に驚いている同僚たちの仕業ではなさそうで、
部長連中も式を傍に呼び警戒体勢をとっている。
鍛練開始から時間がたち、ふるいにかけられたかたちで
残った者は皆、手練れの闘神士ばかり。
フリーダムにうろうろしていた式神たちも異変を感じ、例外なく契約者の元に戻っている。
「凶の卦が出ておりまする」
クラダユウがミヅキに告げた。
同じように、トウベエもモズに忠告する。
「ここから立ち退くべきです。おそらく…、」
「妖怪ね! 地面が生きてるなんて素晴らしいわ!」
何故か一人だけ嬉しそうなオオスミが生き生きと目を輝かせた。
随分酒を過ごしていたナンカイは、非常事態に気付きクレヤマに
「こりゃいかん。クレヤマ、撤収したほうがよいかもしれん」
「そ、そうですね。では、すぐに…」
クレヤマは不測の事態に動揺しつつも、酒が入ってもしっかりしている先輩部長に感心した。
さすが年の功。自分もしっかりせねば、と気合を入れ直し
指示を出そうと振仰ぐが、ガシッとナンカイに腕を捕まれて
「話は終わっとらん!」
「は、はい?」
「大鬼門建造の際、これと似た事故があってな、あの時は確か、建材の祓いが充分でなく
物質が妖怪により変化した事故であった。原因がわからず、何人の同志が犠牲になったことか。
それというのもまだわしが若い頃、建造部の下っ端で、昼も夜もなく地流繁栄のため
奔走しておった頃の話しになるが…、もちろん今でも完徹くらいわけはないがな、
定年間近とはいえ、若い者には負けんわい、この30年の絆は伊達ではないぞ、あれは25年前…」
「ナ、ナンカイ部長、ともかく今は撤収を!」
目を座らせたナンカイはクレヤマを逃がさない。
絆語りは延々続くかと思われたが、秋水がさりげなく2人の間に割って入りそれを止めた。
「ウミちゃん、ウミちゃん、飲み過ぎだYO」
「ナマズボウ!今日は無礼講、明日は迎え酒じゃ!」
「若い頃と同じ飲み方じゃダメだYO、ウミちゃん…」
式神のおかげで解放されたクレヤマは
これまでくどいほど聞かされていた30年の絆に、いまはじめて感心した。
すぐ近くでその寸劇を見て居たイゾウは、
上司たちのダメっぷりを目の当たりにして危機感を覚えた。
「ヤバいんじゃねーか?さっさと戻ったほうが…」
しかし、ここで逃げてしまうとそれが後々査定に響く可能性が有る。
保身に走るか点数稼ぎに走るか、思案のしどころだ。
悩むイゾウの肩に、分厚い手が置かれた。
クレヤマ部長だった。
「何をしている!撤収を手伝えイゾウ!」
「は、はいいぃ!」
フードウォーマーも、その上のまだ料理の残っている大きなディッシュもとても重い。
撤収作業はハードな荷物運びで、イゾウは部長に隠れて舌打ちした。
「くそっ、なんで俺が!手伝えフジ!」
「御意。」
式神はせっせと料理をワゴンに乗せた。
回収しなければならないのは料理だけではなく、
技術研究部の持ち込んだ機材も同様だった。
「データをとったらすぐに運んで!こっちは必要最低限の測定器で最後まで調べるのよ!」
オオスミの指示の元、白衣の部員が右往左往している。
そうこうするうちに地面の隆起はいよいよ激しくなった。
「!! ランゲツ、これは何だ!」
「儂にもわからぬ。だがこの揺れ、尋常ではない。」
メリメリ、という何かを引きちぎる音。
そこかしこで悲鳴が上がる。
地面が割れたのだ。
何カ所も、いたるところで1メートルほどの亀裂が地を引き裂いていた。
割れた地面は、土や岩を裂いたひびではない。
それはまるで生き物の腹を裂いたかのごとく、
赤くテラテラと濡れた、臓器の様な隙間を覗かせていた。
そのおぞましさに、ミヅキは短く悲鳴を上げる。
「な、なんなの、これ!」
「興味深いわ」
オオスミはその脈打ち蠢く亀裂に、空になった一升瓶を放り込んでみた。
近くにいた者たちは、不用意な部長の実験にギョッとしながらも、
瓶がどうなるのかと注視する。
ズズ、と弾力を感じさせる内側に一瞬押出されて浮いた瓶は、
白く鋭い凹凸に噛み砕かれ、あっという間に取り込まれた。
「…歯が、あるのね」
分厚い瓶を砕いたのは、まぎれもなく牙だ。
闘神士たちは見た事のない現象に呆然とする。
モズがひび割れから一歩下がって呟いた。
「この亀裂、数が増えているだけではありませぬ。…大きくなっているようです」
ガイタツとキクサキが地面の口から慎重に距離を置く。
「本当だ。こりゃ落ちたらマズイぞ」
「攻撃するにも、地面全体。対象が広すぎる」
ガチャン、と大きな音がして皆がそちらを向けば、立食テーブルの脚が
亀裂に飲まれ、料理が派手に地面に散っていた。
亀裂はゾワリと動いて、こぼれた料理に向かって進む。
あきらかに、地面に開いた口は意志を持って移動していた。
食べ物をズブズブと飲み込んだ直後、変化は唐突に訪れた。
落ちたひと皿だけでは足りない、といわんばかりに、
亀裂が一斉に広がり足場を消し去ったのだ。
草地は消え失せ、地表は臓物のようなぬめりを持つ赤一色へと転じた。
「きゃあああ!脚がっ」
「わっ!気持ち悪っ!」
「埋まるー!」
「飛べる者は皆を助けてや…、うわあっ」
地面から伸びた赤い管が空に居る式神をもつぎつぎに巻き取る。
闇雲に攻撃しても、押し寄せる赤いうねりはきりがない。
境目が消え失せたため噛み砕かれはしないが、ズブズブと飲み込まれてゆく。
式神も闘神士も、成す術がなかった。
「ここだ」
「あっしが先に。」
暗い“うろ”を目指した神流は、式神が言うに任せ先導させる。
下へ下へと傾斜する暗い穴は湿った泥で汚れ、それが沼状に溜まる個所も有る。
ひどく足場が悪い中を駆け、急ぎ奥へ進む。
「ひでェ臭いだ」
「ここはいわば腹の中だからな」
闘神石はフィールドの急所だ。多くの場合、護るように安置されている。
しかしこのフィールドに関しては気脈を隅々へ送る、心の臓の役割を果たしているため
地下深くに存在し、普通に探すのでは見つけられない。
石はフィールドの中心にあるが、それは目に見える中心ではなく
場を構成するあらゆる要素の中心となる場所に在る。
必然、そこは簡単にたどり着ける場所などではなく、
襲い来る妖気を符で祓い、オニシバが撃ちながら、先を急ぐ。
中心へ近づくにつれ次第に多くなる障害が途絶えた、と気付く暗闇の中
「!」
立ち止まるオニシバにぶつかることなく踏み止まり
式神の前へ歩を進めたタイザンは、符の明かりでその先を照らす。
「…これは」
通路よりひらけた空間。
その中央に、幾すじもの管に捕らわれた闘神石があった。
翠緑色の石であるはずの闘神石は、
赤く、毒々しい色に染まり誇大化したのみならず、
鉱物ではありえない脈を刻んでいる。
その脈が吐き出す負の気が濃い。
ここまでの道程とはまた違う、本体とも呼べる異質な気配が辺りに満ちていた。
「成る程。フィールドと融合したというよりは、闘神石と融合したのだな。」
「どうしやすかい」
「撃て」
オニシバは陰陽銃を持ち上げ、狙いを定める間も取らずに撃った。
しかし、
「なに…」
「こいつァ、…参りやしたね」
正確な狙いが闘神石を砕くことはなく、弾は石に取り込まれ、消えた。
タイザンは剣呑な顔つきで符を投じるが、〈爆〉も〈滅〉も効かない。
そればかりか、反撃とばかりに周囲の壁から管が伸びて来る。
命じられる前にオニシバが撃ち抜けば、こちらは確かに弾が効いた。
「闘神石と闘神士の力の源は同種。人の武器が式神に効かないのと逆の現象か」
止まない地鳴りに焦りが募る。
手を出しあぐねたタイザンは、符を発動させ〈目〉を使い
フィールド上の地流闘神士たちが呑まれんとする光景を確かめた。
「どうする。早くせねば地流の主だった者が皆死ぬ」
タイザンは自問する。闘神石を壊す事も持ち去る事も難しそうだ。
計画のため、地流で不可欠なのは宗家と四鬼門を護る4部長。
「最悪、四鬼門の開放を全部おまえが賄うか」
思考を口に上せる契約者に、オニシバは笑いを含んだ口調で応じる。
「そいつァ骨だ。二重契約じゃ足りやせんぜ」
「ならば」
----あ奴らが全滅する前に、気脈を断つしかあるまい!
タイザンは神操機を、オニシバは陰陽銃を構えた。
テーブルもワゴンも尽く倒れ、食べ物は全て皿から雪崩れる。
大きく揺らいだ生ビールサーバーは、倒れた拍子に壊れ盛大にビールを噴出する。
地面は歓喜するようにうねり、それらを取り込み…
「うわあっ?!」
反対に、飲み込みかけていた闘神士と式神を「ペッ」と吐き出した。
投げ出された地面はやはり濡れてグニグニと柔らかいが、
もう沈み込むことはなさそうだ。少なくとも、吐き出された今は。
クレヤマは符を投げ〈道〉を作る。
「よ、よし!今のうちに戻れ!道を作れる者は作るのだ!」
脈を断ち切る作業は困難を極めた。
いにしえより存在し成長した伏魔殿の妖怪は強力で、簡単には倒せない。
全神経を注いで臨み、管を削いでゆく。神流は石を切り離そうと奮闘した。
久しぶりの全力投球に、高揚感すら感じながら必殺技を壁に叩き込んだオニシバが
ふと闘神士を振り向く。
「そういやダンナ、今日は鍛練の日でしたっけ」
「無駄口を叩くな。もう少しだ。……む?なんだ…?」
攻撃に対し防戦を布くばかりとなっていた闘神石を中心に、空間が大きく脈動する。
天井部分に集中し隆起した管がメリメリと隙間をつくり、角ばった銀色を覗かせた。
「!?」
タイザンが瞠目する目の前に、それはドーンと落下し
激しく泡を吹き上げ闘神士と式神を頭からぐっしょりと濡らした。
発泡する液体が目に染みる。
「なぜビールサーバーが降って来るのだ!!!!」
「さっき、ここは腹の中だとダンナが自分で。」
「くっ…地流の者どももここへ降って来るのではあるまいな」
タイザンは再び<目>を発動させる。符がぼんやりと光り流れた像は
つい先程まで捕らわれていた闘神士たちが
さくさくとフィールドから脱出して行く姿だった。
「こやつら、喰われようとしていたはずでは…。どうやって逃れた。」
それを見ている間に、壁や天井からボタボタと
立食テーブルや皿やなにやらが現われる。
不思議なことに、山盛られていた料理はあとかたもなく消滅していた。
「………」
「ははあ、こいつァ…料理が気に入ったんですかねえ。」
「………」
「さしあたり、人より人の食い物のほうが口にあったって事ですかい」
「………」
「もしくは、ダンナが酒と塩を供えたように料理を供えもんだと、」
「……オニシバ」
「ヘイ」
「帰るぞ」
ミカヅチビルの一角。
伏魔殿に続く門のある区域に、鍛練へ出向いた社員たちは戻って来た。
「何とか戻って来れたわね」
「皆いるか!」
「タイザンの姿が見えんようだが」
3部長が顔を見合わせた時、少し離れた場所からタイザンが姿を現わした。
「ここに居ます」
「うっわ、部長、酒臭っ!いったいどうし…」
まるで頭から酒を浴びた様な出で立ちの部長に驚くムラサメは、
びしょ濡れの部長にものすごい形相で睨まれて口を噤んだ。
「あらあ〜、タイザンも飲んでたの?」
出来上がっている3部長もそうとうアルコール臭くなっていて
簡単に言うと酔っぱらいだったのであまり追求はされなかった。
素面の平闘神士たちは、討伐部長の機嫌が斜めどころか垂直まっ逆さまに見えたので
全く違う汚れ方をしている謎をそのままに目を反らす。
タイザンほどではなくとも皆、妖怪の口に捕らわれて衣服が濡れ汚れている者ばかりだった。
命からがら逃げて来たのだと実感し、ぐったりしている所に、
ビルのフロアへ続くドアがゆっくりと開き社長秘書が顔を覗かせた。
皆がその存在にハッとする中、秘書はドアの脇に控え頭を下げる。
4部長はアルコールが一遍で飛んだような態度で、直立した。
予想通り、扉からミカヅチ宗家が現われたからだった。
ミカヅチは部屋全体を見渡し、まずクレヤマに声をかける。
「鍛練はうまくいったのか」
「は、はっ!多少の問題もありましたがつつがなく!」
その場の全員が「多少の問題かよ!」と思ったが宗家を前にして
探索部長にツッ込める者はいなかった。
明らかに問題がありそうな様子でついでに飲酒もしてるっぽい社員たちを見ているのに
ミカヅチは特に咎めず
「それは何よりだ。ほほう、幹部もずいぶんと気力を使って来たと見える
…相当に疲れた様子だが、良い鍛練になったかタイザン」
「はっ。宗家のお志に添えたかと」
名指しされ慇懃に頭を下げると髪からポタポタと雫がこぼれた。ビール臭かった。
その隣で「何かタイザン、奥歯ギリギリ言わせてないか?きのせいか?」と
考えていたクレヤマに宗家は再び向き直り
「ところでクレヤマ」
「はい!」
「請求書が届いておる」
「はい…?」
秘書が進み出て、携えていた封筒を探索部長に手渡す。
受け取った封書には『ミカヅチフーズケータリング部』とあった。
クレヤマが「あ!」という顔をして、みるみる青ざめる。
もともと高額だった飴の金額。さらにレンタルした物はごっそり妖怪に喰われてしまった。
「あの、み、み、ミカヅチ様…」
「豪勢な鍛練だったようだな」
「ええと、その、」
「次はわたしも参加してみたいものだ」
「… あ わ わ 」
「さらなる精進を期待しているぞ。 予算に違わぬだけの、な。」
それだけ言うと、さっさと秘書を連れて戻って行ってしまった。
どうやら請求書を直接渡すためだけに来たらしい。
クレヤマは助けを求め視線を彷徨わせるが、
薄給の平闘神士たちはもちろん
運べなかった機材で頭がいっぱいのオオスミも
何もかもが徒労に終わり怒り爆発寸前ビールまみれのタイザンも
飲み過ぎて「制酸剤…さち子さん、制酸剤を…」と言っているナンカイも
誰も目を合わせてくれなかった。
この一斉鍛錬で地流闘神士たちは
「伏魔殿内での降神が余裕なくらいになろう!」
と、当初の目論見通り前向きな向上心を胸に抱いた。
なにしろ、食べ放題飲み放題がかかった、重要な死活問題なのだから。
皆が闘志を燃やす。
----次こそは、次までには、気力を鍛えておく必要がある!
しかし一斉鍛練は
予算の都合でこれが最初で最後の催しとなった。
-----そんな壮絶な事件が繰り広げられたフィールドの隣で
「ズルイであります!自分も潜入したかったであります!」
「青龍は無理だろう、目立ちすぎる」
「ブリュネ、まろの戦利品を飲むでおじゃるよ」
「塩がなー。塩があればなー」
「これおいしいね!これもおいしいね!」
「……いいのかなあ……」
うららかな春のフィールドで
和やかに語らう5体と伝説の闘神士だった。