就任試験1
数年前の出来事。
 
幽霊会社ミカヅチ技研には、強い闘神士も優れた社員も所属していたが、
闘神士たちはなにしろ揃いも揃って個性的な者ばかりだったので
良識と強さ両方を兼ね添えた人物は案外少なく、稀少な存在だった。
 
タイザンは古文書提供で貢献し、社長のおぼえもめでたい。
勤務態度は真面目で会社員として無難な人材だったため異例の早さで幹部候補となった。
自分の能力を高く評価している彼は、消去法的な抜擢に不満だったけれど、
結果オーライという事でどうにか納得していた。
 
そんな中、新設された天流討伐部の部長があっさり闘神士を降りることになってしまった。
空いたポストに、タイザンは「しめた」と思った。
周りを見渡しても競争相手は居らず、相応しい者はタイザンしかいない。
まして、神流の目的にとってこんなに都合の良い役職はない。
敵である天地の戦力を把握し、不要なコマを公然と潰してゆける。
いよいよ必要となれば、闇討ちをかけてでも手に入れるつもりだった地位。
裏工作なしで手に入るなら、それに越したことは無い。
 
今朝、タイザンが出社すると、社長室に来るようにとの命令を社長秘書が直々に伝えて来た。
 
(ついに来たか)
 
念願の幹部入りを目前に、今迄の苦労を思えば感慨もひとしお。
しかし、喜んでばかりはいられない。
幹部入りは目的までの通過点に過ぎず、これからはあの宗家ミカヅチと相対する場面も増えることになる。
 
最上階の社長室には、ミカヅチと3部長、秘書がいた。
タイザンは、枯山水をあしらった静ひつなその場で
「お呼びでしょうか、ミカヅチ様」
と宗家に向け恭しい態度で頭を垂れた。
ミカヅチは充分に威厳を感じさせる間をとり重々しく口を開く。
「知っての通り、先日討伐部部長が天流闘神士に討たれた。そこで、次の部長を
 ナンカイらと検討したのだが、…タイザン、皆の意見はお前を推すことで一致している。」
--当たり前だ、他に誰が居る。
という感想はおくびにも出さず、タイザンは昇進決定の言葉を静かに待つが、ミカヅチは続けてこう言った。
「が…、部長職を任ずるにあたり、ひとつテストをしてみようという話になった。」
「……テスト…ですか」
タイザンは特に動揺を見せず応えた。
現代の知識が皆無である状態からスタートしここまできたのだ、
飛び抜けた学習能力と処世術を舐めてもらっては困る。
どんな難題であろうと、合格する自信はある。いや、せねばならない。
タイザンの考えを見透かしたように、ミカヅチは尊大に笑う。
「自信があるようだな、タイザン。詳細はクレヤマに聞け。見事合格し幹部入りするのを楽しみにしていよう」
その言葉を最後に、部長たちとタイザンは社長室を後にした。
 
次にタイザンはクレヤマとともに探索部部長室へ向かった。
討伐部と探索部は闘神士の実動部隊なので、部下の移動や貸し借りも多い。
 
クレヤマには、伏魔殿をどれほど把握しているのか知るため何度か探りを入れたことがある。
地流の探索はまだまだ、神流に手が届くような状態ではない。
仕切っているクレヤマは、宗家を盲信している単純な男だ。
「ミカヅチ様はテストと仰ったが、まあほぼ決定事項だ。肩の力を抜いて臨め、タイザン!」
「で、そのテストとは?」
座ることもせず、タイザンは話を促す。
クレヤマは「まあ座れ」と書類の束をデスクに置いた。書類は名簿のようだ。
「テストというより、仕事の引き継ぎだな。天流討伐に赴き、先の部長の仇を討つのだ!」
緊張の面持ちで聞いていたタイザンは、本当に肩の力が抜ける思いがした。
どんな難題かと思っていたが、拍子抜けだ。
妖怪の少ない現代で安穏としている闘神士を倒すくらい、訳は無い。
何しろ彼らは大降神もできないのだから。
まして地流と違い、天流は数年前に主だった組織が瓦解し個々で動く者ばかりと聞く。
おそらく複数を相手する必要も無い。
「了解しました。すぐにでも倒して来ます。では」
「まてまて、部下を連れていけ。なるべく多く、何人でもいい。」
「結構です。では」
「まてまてまて、逸るなタイザン、これも条件なのだ!」
「……は?」
退出しようとするのを再び引き止められたタイザンは怪訝な顔つきで続く言葉を聞いた。
 
「年若いおまえが上司として部下とうまくやっていけるようにとの宗家のご配慮なのだ!」
「……」
タイザンは顔に出た「余計なことをあのクソたぬきオヤジ!!」という字を必死に隠したが
クレヤマは気付くこと無く闘神士の名簿を広げる。
「そうだな、若手有望、新人、誰がよいか…キリヒト、ムラサメ、ハヤテ、キクサキ、ダンジョウ、イゾウ、ゴンパチ、ドウゲン…」
顔を見たことはあるものの、どれも実際に話したことはない者ばかりだった。
いらぬ世話だが、ミカヅチのテストというのならば仕方が無い。
部下を選抜するのも試験のうちと考えるのが妥当だろう。
タイザンは数枚の名簿を手に取り、使役の項目をチェックする。
「組合わせるならば援護系かパワー系です。わたしの霜花は短・長距離の戦闘が可能なスピードタイプなので」
「なるほど」
「さらに土属性の相剋をカバーできる別属性がよいかと」
「なるほど!」
単純な指摘に感心するクレヤマに呆れつつ、名簿から一枚を示す
「埋火使いのキリヒトでお願いします」
「なるほど!ミンゴベエの集団の戦闘力を上げる力、というのは役立つかもしれんな!で、いまひとりは誰にする」
「1人で充分でしょう、天流相手に何人割くおつもりですか」
正直、人数が増えれば増えるだけ面倒臭い。
だがクレヤマは当然のように、揺るぎない声で
「少なくとも3人。4人で向かってもらおう」
胸を張り告げながら立てた指が4本になるのを見てタイザンはうんざりして顔を顰める。
クレヤマは、決定事項の伝達をやけに自信満々にする男だった。
「…それもテストのうち、ですか」
「うむ!とりあえず新幹線の座席を4枚とってあるのでな!」
「…新…」
「ついでに旅行気分も味わってこい。管理職になれば簡単に休めんぞ!」
豪快に笑うクレヤマが、激励するようにタイザンの肩を叩く。
あまりの衝撃に手にしていた名簿がバラバラと床に散った。
衝撃の半分は心理攻撃に等しかった。
 
 
「考慮すべきだった…!!移動に鬼門は使えない。予想して然るべきだったのだ…っ!!」
先程からオニシバの闘神士は荒れに荒れている。
関わらないよう聞き流していたら、鉾先がこちらに向いたらしく神操機に思念が集中して届く。
オニシバは観念して、愚痴の相手になるべくゆらゆらと姿を現した。
『チカテツには慣れたじゃありやせんか』
「新幹線には乗ったことがない!200キロメートル毎時以上とはどういうことだ?おまえの足より早いのだぞ!」
『新幹線とかけっこした事ァありやせんねえ』
「しかも他に3人…、3人に見張られていると言って良い事態だ。だというのに…
 集合時間5分前になっても誰も来ぬとはどういうことなのだ!」
イライラと時計を見る。
腹立ちまぎれに4人ぶんの切符を握りつぶしそうになった。
切符を曲げたら改札でひっかかる、とガシンに教えたことを思い出し、それを懐に仕舞う。
高い視点から雑踏を見渡していたオニシバは、
茶髪に赤いサングラスをかけた男と、青いシャツのあごヒゲの男に気付く。
同時に派手なピンクの影と、大きな赤い影がゆらりと立ちのぼった。
『来やしたぜ、あれは埋火と赤銅の兄さん方じゃありやせんかい』
 
現れた埋火使いのキリヒトは慇懃に頭を下げ
「今日はお供できて光栄です」
赤銅使いのダンジョウは遠慮のない態度で
「次期部長の力見させてもらうぜー」
2名とも、次の部長にほぼ決定しているタイザンの心象を悪くするつもりはない様子。
それなりに今日の出張の意味を理解している態度で挨拶を済ませた。
支援系の埋火とパワー系の赤銅、という理由で選んだのだが、
いざ揃うと非常に暑苦しい。
もう1人は流派章の位が高かったので、どれほどのものか試しに選んだ人物だったが…
 
「あとはハヤテだが…もう時間だな。面倒だ、あと5分で来なければ置いていこう」
「新幹線が出るまでまだ時間ありますよ」
「ま、来なくてもいいけどよ。ハヤテのやつ査定に響くだろうになー」
しかし結局、青錫使いは待ち合わせに現れなかった。
代わりにやって来たのは…
「皆さんお揃いで!今日はお日柄も良く〜」
「…イゾウ?」
「どうしておまえが?」
「何しに来たんだ?」
黒鉄使いのイゾウは揉み手で腰低く、タイザンの顔色を伺いつつ
「それが、ハヤテはバイクで行くので現地集合するからと伝言で。」
タイザンの目つきが険しくなった。
「あやつ…現地集合できるものならしたいのはこっちだというのに…」
「それでチケットが余るでしょうし、わたしがタイザン部長のお供をしようかと。お役にたちますよ!」
イゾウのあからさまに媚びた態度に、キリヒトとダンジョウも呆れ顔になる。
「売り込みか、イゾウ」
「まだ部長じゃねーだろ」
 
タイザンはこめかみを押さえて難しい顔つきのままだ。
3人の平闘神士は返答を待っているようだが、
頭の中ではまだハヤテの現地集合に対する憤りが渦巻いていた。
 
 
 
新幹線は、不気味ではあるが地下鉄よりずっと快適で、
予想よりも恐ろしい乗り物ではなかったことに安心したタイザンは心に余裕ができた。
イゾウは常に何か企んでいる顔つきで怪しさを滲ませていたが
キリヒトとダンジョウはごく普通の態度で気安く会話している。
「新幹線乗るの久しぶりだなあ。」
「次に停まるのはどこだったかな?」
恐怖を克服するため必要ないほどの下調べをしたタイザンはやたら車輌や駅について詳しかった。
「知らんのか。東京を出たら品川、新横浜、小田原、熱海、三嶋新富士静岡」
「…鉄道がお好きなんですか」
「鉄オタってやつですか」
若干引かれている気配がある。タイザンは鉄オタの意味が分からなかったので、黙殺した。
次の瞬間、飛び出したピンクの影に全員がビクッとした。
 
『ソイヤァッ!! これが!シンカンセン!』
 
「ミンゴベエ!何勝手に出てきてんだよ!」
キリヒトがいち早く正気に戻り、ずれた眼鏡を直しながら契約式神に「戻れ!」と言うが、
ミンゴベエは聞こえないフリをしてキョロキョロと車内を見渡す。
『これは祭の…いや、神事のような雰囲気!ソイヤッ!』
掛け声と共にバッと広げた扇子には赤く「祭」と書いてある。
式神の感覚は良くわからないが平日の新幹線は人もまばらでとても静かではあった。
闘神士の耳にだけ、喧しくミンゴベエの声が響き、キリヒトが頭を抱える。
ダンジョウとイゾウは呆気に取られて極彩色の式神の扇子にバッサバッサと煽がれていた。
「式神を命令下に置けぬとはまだまだだな」
「…すみませ…」
タイザンの指摘にキリヒトの声は小さくなったが、そうでなくても
聞こえなかったくらいの勢いで別の声がかぶる。
『まだ闘わんのかダンジョウ!壊してやるぞ!暴れてぇぇー!!!!』
「お、おいミソヒト!ここに居るのは地流メンツだから!闘わねーぞ!」
『だが、ダンジョウも必要とあらば闘う心づもり、読めるぞ。』
「ちょ、おまっ、…ち、違うからな、別にアンタらと闘おうなんて思ってねーから!」
慌てて言い訳するダンジョウに、イゾウの目が鈍く光る。
契約式神に手を焼く二人を他所に、タイザンはイゾウを観察した。
常に、誰かを出し抜こうと企む陰鬱な気配。
この手合いは、平安の時代にもよくいたものだ。
大した力もない男だが、つられて出て来るような式神でないことは認めても良い。
少し思案して、タイザンはトイレに向かうふりで席を外した。
 
デッキに出て、壁に背を預け、携帯電話と符を重ね持ち、耳に当てる。
すると符から、こっそり座席に仕込んだひと形が拾う音が届くのだった。
携帯は一般人に怪しまれないための小道具にすぎない。
 
案の定、イゾウが饒舌に話しはじめる。
「キリヒト、ダンジョウ。てめぇら真面目にタイザンの手伝いをする気か?」
「は?」
「そりゃあ仕事だし…?」
イゾウの気勢に鼻白んだ反応だが、受け答えには警戒色が強く滲む。
そんな二人をイゾウは嘲るように笑った。
「おいおい、奴は古文書を手土産に上層部に取り入っただけの新参だろ?それでいいのかよ。」
「あー、聞いたことあるな」
「へえ」
「…もし、もしも、だが…この天流討伐に失敗したら、部長の席が空いたままになるんだぜ…?」
暫し沈黙が流れる。
二人ともイゾウの言う意味を検討しているようだが、ややあって先にダンジョウが笑い飛ばした。
「ほぼ決定してることだろ。この出張も旅行をプレゼントくらいのモンらしいぜ?」
キリヒトも、やれやれといった調子で続け
「イゾウ、あのクレヤマ部長が強さを認めたっていう相手に何を企んでいる?」
イゾウは、二人の返答が不満だったようで、嫌味っぽく舌打ちしてから急に明るく答えた。
「向上心が無ぇ輩はつまらねぇなあ!…ま、俺が言いたいのは別に邪魔しよう、なんて
事じゃねぇからな?次の上司に、使えるってトコみせてやろうって言ってんだ、わかるよな?
霜花が出る前に俺らでパパッと天流をやっちまおうぜ!」
イゾウの手の平を返した態度に、二人は黙り込んだ。
あからさまな誘いとごまかしに、辟易としている空気が符からでも伝わって来た。
イゾウはそんな反応をものともせず喋り続けている。
タイザンは一部始終を聞き、別段驚くこともなく携帯を仕舞い、戻ることにした。
自動ドアが開くと、静かな車内でイゾウの声が直接耳に飛び込む
「まあまあ、仲良くやろうじゃねーか!しっかしヒマだなあ、暇つぶしにトランプでも持って来りゃよかったか?」
「ンなもんねーよ」
彼らの会話に関わるのも面倒で、タイザンは一言も発さず静かに座席に腰を落ち着けようとしたのだが
再び赤い霊体がぬっと現れたのに驚いて勢い良く椅子に沈んだ。
赤銅の、角の大部分が天井の向こうに突き抜けるくらい大きい体が目の前に来ると
ぶつかる事はないと分かっていても皆仰け反るのだった。
ミソヒトは太い腕を闘神士に突き出し、
『花札ならあるぞ!ダンジョウ!』
「マジかよ」
「なんで持ってんだよ」
イゾウは分りやすく媚びへつらう笑顔でタイザンに伺いをたてる。
「花札ねえ〜…どうします?何か賭けますかタイザン新部長!」
「…いや、わたしは、」
返事を濁しつつ、知らないと言っても常識に外れていないかどうか思案するが
答えが出る前に、懐から声が聞こえた。
『ダンナ、花札のルールならあっしが知ってやすよ』
 
 
新幹線内で怪し気な男の4人組が花札に興じることになってしまった。
花札が何なのか、ピンときていたら一喝して止めさせたのだが、既に手遅れである。
 
「味気ねーなー、闘神巫女でも居たら華やかなのによォ」
「せめてムラサメかキクサキの式神とか…」
「それはちょっと」
タイザンは彼らの会話も上の空で、オニシバに花札を半ば任せつつ、窓の外を眺める。
 
----新幹線ていど、大した事はなかったな。
所詮、車輪が回っているだけ。
飛行機でなかったぶんマシというものだ。
 
そう、その危険もあったのだ。
なにしろ、目的地は関西国際空港なのだから。
 
 
己の幸運を思ってタイザンは余裕の笑みを浮かべ、札を取った。
 
「オニシバ、なんだこのまっさらな札は」
『ダンナ…手札をバラさねぇでください…』
 
 
 
 
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