少し小高くなった場所に、ナンカイが佇んでいた。
騒がしい場所を嫌ったタイザンが、当たり障りのない挨拶を交わしその横に立つ。
晴れ渡る空に浮かぶのは、薄雲と障子戸。
伏魔殿の空の下、かつてない光景が繰り広げられようとしていた。
大勢の人間が集合し始めている。
中でも技術研究部の白衣の連中が設置している機械は目立ち
自然味あふれるこの場所には、とても不釣り合いに目に映った。
「オオスミ部長の機材は、搬入が大変そうですね」
「今朝から新兵器を開発したと息巻いておったわい」
「新兵器?」
「試運転をこの鍛練より始めるそうな」
「……少し見てきます」
興味を引かれた様子で、来て早々立ち去るタイザンにナンカイはニヤリと笑って声を掛けた。
「実験台にされんようにな」
柔らかな下草をヒールで踏みしめ、オオスミは部下に命じる。
「地面が柔らかいわ。計器類の足が沈まないよう板か何か敷きなさい」
白衣の部下が慌ただしく移動する。
コードを伸ばし発電機に繋ぐ者、インカムをつけ距離を置いてチェックする者。
立ち働く彼らの中心で、眼鏡に端末のバックライトを反射させ笑うオオスミは
とても無気味で近寄り難い雰囲気だったが、討伐部部長は構う事無く歩み寄る。
「随分と大掛かりですが、これは?」
「あらタイザン、よくぞ聞いてくれたわね。これは我が部が誇る新型パワーメーターよ。」
「はあ…」
まるで理解していない年下の幹部に、オオスミは噛み砕いた説明をしてやった。
「つまり、闘神士の力を項目ごとに数値化する分析機なの。
旧型と違って今度は気力のスキャニングに特化したニューバージョンってわけ」
「……」
無表情でピクリとも動かずに聞くタイザンの反応など全くお構いなしに、
オオスミはパネルを操作し、モニター画面を切り替える。
「いずれ討伐部に協力してもらうわ。天流宗家の力だってレーダーチャートで示されるのよ。
うちの闘神士と戦闘力を比べて、討伐にあてる人員を割り振るのに役立つでしょう。」
「そ、…」
「なに?」
「それは便利、ですね…」
「もちろん便利よ!そうね、まずタイザンのグラフを作ってあげるわァ〜」
「やめてください!」
「あらどうして?」
「平闘神士だけで充分でしょう、わたしは結構です」
頑なに固辞するタイザンに向けて肩を竦めてみせ
「つまらないわね。まあいいわ。どのみち今日は広範囲をスキャンして全員の数値を出すんだし」
「なに!?」
動揺して敬語も忘れた討伐部長を無視し、
メインスイッチの前に立つオオスミは、興奮を表わすように眼鏡をギラギラと光らせた。
「当然じゃない、こんなチャンス滅多にないのよ。
それとも抜き打ちでステータスチェックされて困る事でもあるの?
それじゃいくわよ〜、システムオールグリーン・出力120%、スイッチオン!」
「待っ…、」
起動ランプが次々に灯り、機械音が大きくなる。
俯瞰図を映し出すメインモニターに、闘神士がポイントとしてぽつ、ぽつと示され増えて行く。
満足そうに作動を見ていたオオスミと、顔色をなくしモニタを凝視していたタイザンだが、
途中からふたりとも、次第に眉を潜めていった。
表示されるポイントが多すぎる。
「…? 変ね…」
不思議に思う間も、ポイントは俯瞰図全体を塗りつぶすように増え続け
あっという間にモニタを埋め尽くし、処理しきれないシステムが警告の赤いランプを明滅させる。
オオスミは、唖然とモニタを見ていた部下を怒鳴りつけた。
「ちょっと!伏魔殿でソフトウェアテストしたはずでしょ!?どうなってるのよ!
これじゃフィールド全体が生態反応を示してるみたいじゃないの!」
部下たちは右往左往しつつ
「原因不明です、テストは成功したのに、ここへきて急に測定不能に…」
おろおろしながら、修正不可能ですと結論づける。
「ああもう、地上では実用化できてたのに!」
エラーが表示されるモニタを難しい顔つきで見ていたタイザンは、
オオスミがため息と共に書類を機械に叩き付ける姿に視線を移し抑揚なく声をかける。
「残念でしたね」
「全く…。いいわ、今日は他にも取れるデータがあるはずだから」
「期待しています。それにしてもよくこれだけ搬入し…」
その時、二人の目の前に銀色をした四角い機材がドンと運ばれて来た。
暫しの沈黙。
「オオスミ部長…これは」
「わたしじゃないわよ」
「私の記憶が正しければ…これは」
「記憶もなにも、見たままだわね。」
「…これは…」
「オオスミ部長!タイザン!」
2人を呼ぶクレヤマの声は弾み、近づく鍛えた体躯は軽い足どりをみせる。
至極機嫌良く、目の前の機材をトンと叩き
「生ビールサーバーが届いたようだな!」
「何故ここにビールなどがある!!」
青筋を立ててキレるタイザンに慣れている幹部は、
彼の正しい主張を意に介さずにこやかに歓迎した。
「クレヤマも粋なことするわねぇ〜」
◇ ◇
整列する大勢の地流闘神士。
制服の者私服の者、性別も年齢もまちまちの彼らが、皆一様に意欲的な表情を見せていた。
華々しい一斉鍛練。
ズラリと並ぶ豪華な立食宴会メニュー。
クレヤマが声を張り挨拶の言葉を述べている。
「…と、いう訳で!経験済みの者も多いだろうが、
降神すると激しく気力を消費するのが伏魔殿である!
今日この場で技のひとつふたつを披露し、気力を保てるまでになれ!
より長く耐えた者が、より多くのごはんにありつけると思え!!!」
「「「うおおーー!」」」
9割くらいの闘神士がノリノリで鬨の声をあげる。
クレヤマの後ろでナンカイとオオスミは「若いのう」「若いわねえ」とほのぼのしていたが
タイザンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「では皆のもの!!神操機を構えろ!」
クレヤマは振り向き背後に控える各部長にも気炎をあげ
「ナンカイ部長たち!我々もいっしょに降神しますぞ!!」
無駄に高いテンションが、定年間近、30年の絆に火をつけた。
「よかろう!フッフッ…若い頃を思い出すわい!」
腕を伸ばし赤茶の神操機を目前に据えるナンカイの姿は堂々たるものだ。
「部長、先月お腰を痛められたばかりでしょ。」
「ナンカイさん、ご無理はなさらず。」
心配する二人もそれぞれ神操機を構える。
「では」
クレヤマは、大きく息を吸うと腹から地に響くような太い声で唱えた。
それに大勢の唱和が重なる
《 式 神 降 神 !!!! 》
何体もの式神が各々の演出で降りる樣は、まさに圧巻。
地面が揺れたように感じた者も多く居た。
「秋水のナマズボウ見参だYO!ウミちゃん根性みせちゃえYO!」
「甘露のミユキ見参。フフフ…この場で一番美しいのは私…」
「よし、久々に若いもんの模擬戦相手になってやろうかのう」
「そうねえ、実際に闘ってデータをとるのも一興かしらァ?」
得物を狙うような足どりで、ふたりは平闘神士の群れに向かって行った。
「…オニシバ、おまえ名乗りを端折ったな」
「ダンナが乗り気じゃなさそうだったんで」
降神後、飛鳥ユーマの元には誰も近寄って来なかった。
メキメキと実力をつけているユーマと最強の式神相手に、
気力の削りあいをしたがる者などいない。
むしろあからさまに避けられていた。
「ランゲツ。折角の鍛練だ、技を何発か出してみるか。」
「ユーマよ。長期戦ならば温存するも手の内と心得よ」
「しかし!それでは余裕で勝ち残ってしまうぞ!自らを追いつめてこその鍛練ではないのか!」
仁王立ちしていたランゲツは愛刀曼珠沙華を振り、
風を唸らせるとギロリと己の闘神士を見据える。
「この儂に口答えとはな…、ぃよくぞ言ったユーマよ!!印をきれ!!!」
「おう!いくぞランゲーツ!」
「こい!ユーマァァァ!」
「ユーマくーん!」
丁度、神操機を構えた所にミヅキがやってきた。
彼女の後ろにはクラダユウがフワフワと浮いている。
「なんだ、ミヅキ」
出端を挫かれ咎めるような口調に対し、許嫁はめげずに問う。
「ユーマくん、嫌いな食べ物はある?」
「このオレに好き嫌いなどない!こんにゃくは正体不明でマズイと思うが、食えなくはない!」
「よかった、じゃあお料理とってくるわね。待っててユーマくん!」
ミズキはくるりと身を翻して、食べ放題コーナーへ向かって駆けた。
様々な料理が並んでいるテーブルに、人も式神も大勢が群がっていたが量は充分にあった。
「ええと、お皿は…」
「そちらにありまする」
クラダユウは祓々を日傘のようにミズキに差し掛け、ゆったりと移動していたが
唐突に、スッ、と契約者を守るように前に出た。
「どうしたのクラダユウ」
「これをどうぞお嬢さん。…ああ、甘露の。警戒しないで。」
現われたのは豊穣の式神で、爽やかに笑いかけるとやたら紳士的にミヅキに皿を手渡した。
見知った式神ではなかったので、おそらく新入社員なのだろうと、ミヅキは周囲を見る。
社長令嬢でありながら現場勤務をこなすミヅキでも、知らない顔がけっこうあった。
「ありがとう。あなたの闘神士は?」
「彼はまだ慣れていなくて、降神だけで消耗したようだから
料理をとりに来るくらいは協力しないとね。ね、長老」
そう言って、仲の良いらしい消雪の式神に皿を渡す。
くじらタイプの老式神も、はじめて見る式神だった。
消雪が、大きな頭の上で皿を安定させ、のんびり歩く様子に、ミヅキは思わず笑みを浮かべる。
その時だった
「ヘッヘーイ!ヒット・アーンド・アウェーイ!!」
上空から凄まじいスピードで降下してくる式神に
その場の3体は反射的に防御をとる。
「しまった!」
クラダユウを残し、豊穣、消雪はシュンと姿を消してしまった。
咄嗟の防御に闘神士の気力が追いつかず神操機に引き戻されたのだ。
「ハイそこ!新人2人昏倒ー!よくがんばった!救護班搬送〜!!」
その対応は迅速で、ストレッチャーに乗せられた新人社員2名は
バッと開く障子の向こうへ手早く送還された。
クレヤマの言う通りアフターケアは万全らしい。
急降下してきた青錫の式神は瞬く間に上空に昇りとどまっている。
ミヅキは不意打ちしてきた式神をキッと見上げたが、
手に皿があるのをみれば、攻撃ではなく、料理を取るための動きだったようだ。
オニヤンマに似た式神はまさしくトンボのようにキョロキョロして
「ガイタツゥー、こっちにハムがあるー!」
と空を移動して行った。
それを見送るしかなく、ミヅキはため息をついて周囲を眺め渡す。
人以上に式神がバイキング料理に興味津々で参加しているように見えた。
今消えた消雪とは別の消雪族が、
タッタッタと皿一杯の料理を運び去るのも愛らしく、ミヅキは少し和んだ。
「久々に会うのに、アンジったらもう戻っちゃったのね。残念。」
賑やかな立食会場でコンパニオンと見紛うピンクのドレスの式神が
あまり残念でもなさそうにワイングラスを傾けた。
「ルリ、ワインをもう1杯どうだい」
「ありがとうキクサキ。あたしはお料理をとってあげる」
ルリとキクサキはギブ&テイクしながら、やたら大人っぽい雰囲気でテーブルに向かう。
そしてルリはお刺身コーナーにある舟盛りの中、おもむろに魚の頭に手をのばした。
あまり感情が顔に出ないキクサキが「えっ」という顔をした。
同時に、他方向からも魚の頭に手がのびて来る。
同じメニューを狙う相手に、ルリは警戒心も露に顔を上げた。
身を三枚に卸されパカーッと口を開け目を濁らせた鯛のおかしら。
料理はふんだんにあるものの、魚の頭はたった1つ。
それを狙うライバルは、白銀のチヨロズ、秋水のナマズボウ、秋水のエレキテルだった。
4体の式神が牽制しあう視線に激しい火花を見て、
近くにいた白銀使いのムラサメはビクッとして距離をとった。
ルリはフフフと艶やかに笑い、秋水たちを挑発する
「魚が魚を食べるの?」
「ナマズの食欲を舐めるなYOお嬢ちゃん。」
「ウナギも同じくだし〜。猫は繁茂族でも追っ掛けてな!」
「Oh Yeah。ユーは繁茂をチェックイットナウ。」
「…土剋水のことわりはご存じ?」
刺身コーナーが殺気立ってきた。
ムラサメは、4体の中で黙ったままの自分の式神が
怒らせると手が付けられなくなるのを知っていたので、
己の気力を心配してナンカイを探すが見あたらない。
「建造部長さんに飼い主たちを諌めてもらったら式神も引くだろうに…」
という発想からだったが、当の秋水使いのカンナがもめ事に気付いて
「エレキテル!絶対に負けるな根性だ!」
と囃し始めたので駄目かもしれない。
途方に暮れていると目の前にワイングラスが差し出され、
「まあ飲みたまえ」
と何を考えているのか全くわからないキクサキが酒をすすめてきた。
…生魚の首を巡る式神の争いを 見守ることしか出来ない…。
いろいろと諦めて、自分の気力を案じつつグラスに口をつけた途端、契約式神の声が響きワインを噴いた。
「非道は許しません!ムラサメ!正義の印を!」
「え!?えっ!?」
チヨロズの鋭い言葉につられてムラサメは半ば惰性で、酒を片手に印を切った。
ワインに咽せながらも、こんな片手間っぽく印を切ったのは初めてだと思った。
白銀の式神は大鎌をクロスさせ
「 必殺! 天 道 断 罪 斬 !! 」
×印を敵に刻むその技は、鯛のお頭をきれいに4等分する。
見事に魚は各式神の皿へ均等に収まった。
大変グロいひと皿となったが、満足した式神たちはさっさと他の料理を目指す。
咄嗟の必殺技で、大幅に気力を削ってしまったムラサメはぐったりとその場にしゃがみ込み
「うっわ消費した〜…早々に離脱なんてことになりたくねぇよ…」
頭を抱えた。
その時ちょうど前を通った式神が、「希望を捨てるな。」と声をかけ、
料理が山盛りの大皿を持って颯爽と横切って行った。
「…どこの部署のか知らねーが、その通りだ、雷火族の式神さんよ。」
ムラサメは気力を奮い立たせ、残ったワインを一息に飲み干す。
地面がジュッと音を立てる。
「なんなの…あの美しい4等分…くやしいっ、わたし以外が美しくあるなんて…!」
甘露のミユキは浴びるようにビールを飲んでは、全身からボタボタと体液をしたたらせ
強酸の雫は垂れるごとにジュウジュウと煙を上げた。
それに反応するように地面がザワリと脈打ったのを
宙に浮くミユキは気付かずにいた。
柊の式神は大きな耳をピクリと動かす。
「どうしたのです、トウベエ」
「…何やら、不穏な…。油断してはなりませぬ」
霊感の強い契約式神に注意を促され、モズは頷いた。
食べ放題の中でも端に設置されたデザートコーナーはなかなか盛況だった。
女子高生と埋火がキャラキャラと朗らかにケーキやフルーツを取り、
榎のコンゴウはモリモリとバナナを食べている。
モズの横でも、トウベエがバナナを気に入ったらしくニチニチと齧っていた。
モズはトウベエが何か食べるのをはじめて見たので珍しそうに眺め
うさぎみたいですね、と思ったが何も言わずにいた。
モズは冷静にあたりを観察していた。
すでに何名か強制送還されている。
はじめて伏魔殿に来た者が、大幅な気力の消費に気付かずに気を失うのは珍しくない。
経験者が揃う探索部のモズは有利だった。
食べ放題に目が眩み式神と別行動をする者も多いが、得策ではないだろう。
先ほども、カットフルーツを静かに見つめていた黒鉄のフジを、
メイン料理を目指したイゾウが強引に連れて行ったのは
少し気の毒に思えたけれど正しい選択だと思う。
モズは見るからに強そうなコンゴウを見上げてから、
酒類の揃ったコーナーに目を向けた。
クレヤマ部長は気にせず式神と離れて酒を飲んでいるが、単に自信があるのだろう。
ナンカイも同じくそうしている。
側ではオオスミも端末を操作しつつ飲んでいるが、こちらは式神も付近で飲んでいた。
タイザン部長は見あたらない。
凝寂使いのムツキは弔いだと言って彼らしくない飲み方で、
酌み交わす式神と同じくらい赤くなっている。
「ドリンクコーナーには近づかぬ方が賢明でしょう。」
モズは正しく判断して、メロンを上品に口に入れた。
実際、部長連中は鍛練を忘れてはおらず、
ことあるごとに闘神士にちょっかいをかけて気力を使わせていた。
だが、ほどよくアルコールが回ってくるとその限りではない。
「うーむ、はしゃぎすぎて倒れる者も多いな。さ、さ、ナンカイ部長、もう1杯。」
「ほっといても数は減りそうだわい………ぷはー、うまい!」