伏魔殿でわいわいしたいその3


霜花のオニシバはふらりと酒類のコーナーに立ち寄った。
契約者が近くにいないことを気にされるのが面倒だったので
幹部の親分さん方には近寄らず裏から回り、ちょうどこちらに気付いた式神に声をかける。
「ちょいと酒を貰えやすかい」
「ここにありますぞ」
凝寂のエビヒコは、シュコーッと音を立ててから手近にある焼酎瓶を持ち上げた。
ムツキはぐでんぐでんに酔っていて、式神どうしの会話を気にする様子もない。

エビヒコは己が闘神士に向く霜花の視線に気付き
「飲まねばならぬ時もあるのです。」
と理知的な態度で告げ、親切にコップを差し出し焼酎を注ぐつもりで瓶を持つ。
ハサミになっている手で器用なものだ、と思いながらもオニシバは首を振り
「や、できりゃ、ポン酒が良いんですがね。」
「清酒ならば、そちらに……むむ?」

日本酒は一升瓶が数本並んでいたのだが、すでに残り1本。
それすら、誰かの式神が瓶ごと持ち去ろうとしていた。

エビヒコは丁寧な口調でその式神に声をかける。
「こちらにもその酒を分けてはくれますまいか。」
「コップ1杯で良いんでさァ。」
オニシバも重ねて頼めば、
酒を持っていた式神はもったいぶった態度で一升瓶と霜花を見比べ
「ふむ、5体と1人ぶんに1升では足りぬが、今日は無礼講。しかたないでおじゃるな。」
と言って、オニシバの持つコップに酒を注いでくれた。

「ありがてぇ、ダンナの頼みなんで助かりやす。」
「なあに、たくさんある他の酒も持って行くでおじゃるよ。
 そちも1瓶持って行くがよい。1合ばかりでは足りぬであろ、たぶん。」
榎族の式神はワイン瓶1本をオニシバに気前良く押し付けて、
自分は日本酒と持てるだけの酒瓶を手にして堂々と歩み去った。
「見慣れぬ式神ですな」
「じゃ、あっしもごめんなすって」
エビヒコは頷いて、すでに興味を失ったとでもいうように再び静かに飲み始める。
レギュレーターらしき装備をそのままに飲もうとする仕組みが少し気になったが、
オニシバは早々にその場を離れた。




清酒の入ったコップを片手に、薦められるまま受け取ったワイン瓶を小脇に抱え
オニシバは人と式神にまぎれテーブル添いに歩く。
皆、料理に夢中で式神さえも他の事にはあまり気が回らない様子だった。

そんな中、黒鉄のフジは腕を組み直立不動で静かに佇んでいた。
フジの斜め前で、から揚げをぱくぱく食べているイゾウを見守っているらしい。
テーブルにはさまざなま揚げものが揃っているけれど、黒鉄は興味がない様子。
ジッとしている姿は手持ち無沙汰そうにも見えた。

その時、上空から猛然と青錫のナナヤが料理を狙って急降下してきた。
「ヒーット・アンド・ハムフラーイ!!」
オニシバはそのトリッキーな動きに驚き、一瞬身構えたけれど、
フジはすでにそれを目撃するのが5度目だったので無反応だった。
「ムグ!」
しかし、同じく慣れていると思っていたイゾウが、驚いた拍子に胸を叩きジタバタしはじめた。
「ムグググ!ムグ!」
「イゾウ!」
必死に頬張っていたのが災いして喉を詰まらせたらしいのは、式神の目にも明らかだった。
目を剥いて悶える契約者に、フジは焦って周囲を見回す。
「イゾウ、何か飲み物を、…」
フジの視線が、側にいたオニシバの手にあるコップに定まる。
ナナヤの急襲にすら1滴たりともこぼさず死守した酒の、最大の危機だ
…と思ったオニシバは、コップを引っ込めて迷わずワイン瓶をフジに差し出した。
「兄さん、こいつを」
「かたじけない」
「ムグググ!」
フジは、ワインの封ごとスクリューキャップを開けて、イゾウの口に瓶を突っ込む。
イゾウはゴクゴクと喉を鳴らしてワインを飲んだ。
「…っプハー!!…死ぬかと思ったぜ!つーかこれ、ワインかよ!」
一息ついたイゾウが、手にした瓶に軽く驚いていた。
ただ飯に気を取られ、ただ酒に気づかねーとは不覚!
という溢れる意欲に目をギラつかせ、フジにワイン瓶を持たせる。
受け取ったフジは瓶に興味を持ち、中でタプンと揺れる液体に視線を落とした。
「む…ぶどうの酒…」
寡黙な式神の小さなつぶやきに契約者の騒々しい声がかぶる。
「おい!アルコールもあんのかよ、どこだ?」
「ヘイ、あちらに。」
オニシバは今来た方を指す。
イゾウはテーブルの天ぷらをいくつも皿にとり、急いでドリンクコーナーに向かった。
「行くぞ、フジ!」
契約式神が手に持ったワインに興味津々である事にも気付かず立ち去ったので、
オニシバは
「向こうに、たんとありやしたぜ。そいつは飲んじまったらどうですかい。」
と声をかけた。
黒鉄は小さく頷いてワイン瓶を傾けつつ、少し遅れてイゾウを追った。

頭部を覆う装備をそのままに飲もうとする仕組みが少し気になったが、
オニシバは黙ってその背を見送り、テーブルに向き直る。
「さて、と。」

「はいよー、ゴメンナサイよー、ちょいとしつれーい!」
フジが居なくなったのを見計らった絶妙なタイミングで、
揚げものコーナーに別の黒鉄族が横滑りで登場し、陽気に料理を取り分け始めた。
「こちら!コロッケ!そして天ぷらですねえ!おっと、塩がない!なんでやねん!
 天ぷらは塩じゃねーか!こりゃまったく、しおーがない!
 ワタクシ、今、塩が無いとしようがないをカケてみました!!」

黒鉄のテンションに引く周囲に合わせ、オニシバはさり気なくその場を離れた。

「いろんな兄さん方が居て面白ぇや。うちのダンナも、さっさと心配事が片付きゃいいんだが」
ひとりごち、急いで契約者の元へと戻る。

早く、注文の酒と塩を届けなければ。



モズが探索部は有利と考えた通り、最初こそ慣れない者は次々と脱落したが、
それを目にした者たちは皆一様に「気力だいじに」作戦で過ごしているようだった。
しかし例外も居る。
信頼の黒い白虎だ。
フィールドの一角でドッカンドッカン派手に技を繰り出しているので
見てみぬフリで平闘神士は誰も近寄ろうとしない。

そんな彼らに怯まず声をかけられるのは、許嫁のミヅキくらいだった。
「ユーマくん、少し休まない?」
以前のユーマなら断固断わった誘いだったけれど、
少し考えてから頷き、神操機をホルダーに戻す。
ミヅキとクラダユウが持って来た皿には色とりどりの料理が乗っている。
「そうしよう。腹が減っては戦はできぬと言うからな。」
ランゲツも、無言ながら威厳たっぷりに頷いて陰陽剣を仕舞った。

適当に座り込んで、料理が並べばそれはピクニックのようで、
ミヅキの笑顔はことさらに華やぐのだった。


「クラダユウさん…」

そのピクニックを遠巻きに眺める秋水のエレキテルは、手に酒と皿を持ってもじもじしていた。
「どうした、エレキテル?」
顔の輪郭が歪むくらい炒飯を頬張っていたカンナが不思議そうに契約式神を見る。
直情型の似た者どうしで、喧嘩っ早い所はカンナ以上のエレキテルの、そんな態度は珍しい。
なので、そっち方面にあまり鋭くないカンナでも簡単に理由に思い当たった。
「そうか!…よーし、ひと肌脱いでやるぜ!」
 おまえの恋路のために、カップル団らんのおじゃま虫になってやろうじゃないか!
「おーい、ミヅキー! ク・ラ・ダ・ユ・ウ〜!」
「カカカカンナァー!」
照れる秋水を引き連れ、カンナは大きく頭上で手を振りながら、彼らに近づいた。
幸い、ミヅキにはおじゃま虫などという発想は無くて、駆け寄る友だちを笑顔で迎える。
「カンナ」
「食ってるかーミヅキ!」
「ええ、もちろん。カンナも一緒にどう?」
「サンキュ。でも邪魔しちゃ悪いし、すぐに退散するって〜。」
意味深にニヤリと笑って、カンナは友人の許嫁に視線を流す。
それに気付いて、社長令嬢は可憐に頬を染めた。
「カンナったら!」

ユーマは、女子2人が楽しそうに話すのを、特に気にしない態度で黙々と食べていた。
が、ふと2人の向こうへ視線を向けて、動きを止めた。
2体の式神が向き合って
「クラダユウさん、これをどうぞ…」
秋水が、おずおずと甘露に皿を差し出す。
「お心づかい、感謝いたしまする」
クラダユウの受け取った皿の上には、生の鯛のカマを叩き切ったような無気味な塊が乗っていた。
ユーマは食べようとしていたほうれん草のソテーを箸から落とした。
次にエレキテルは酒瓶を持ち上げる。
「酒も注ぎましょう!」
「お心づかい、感謝いたしまする」
クラダユウは口元も見えないし顔色も真っ白だし眼球も一色で構成されているので
丁寧な受け答えの反応がどういった方向性のものなのか、ユーマにはさっぱりわからない。
多分、秋水使いにもわからないだろうけれど、
「よしっエレキテルっ根性見せろっ」
とガッツポーズで小さくエールを送っている。
ポカンと見ていたら、ユーマの頭上から聞き慣れた低い声がしたので我に返った。

「…酒か。」

「………。ランゲツ。おまえも飲みたいのか。」
「………」
白虎組の会話は、秋水と甘露にも届いていた。
ユーマは、カンナの式神とゴーグル越しに目が合ったような気がしたので
「すまんが、酒を分けてくれないか」
と言ってみた。
エレキテルが答えるより先に、クラダユウが
「わたくしは1杯で結構です」
と告げたので、秋水も断わる理由がなく
「じゃ、これは白虎に譲るか」
あっさりと焼酎瓶を放って寄越した。ユーマは礼を言って受け取った。
さっそく、ランゲツにコップになみなみと注いでやると信頼の式神は目を細め、
まんざらでもない様子で飲むのだった。
「フン、芋焼酎か」
「そうなのか。俺は飲まないからわからんが。芋なのか。」
盛り上がる女子2人と、一方的に初々しい雰囲気の彼女たちの式神を眺め
静かに食べて飲む白虎組だったが、唐突にランゲツが一言呟く。

「ユーマよ。こんにゃくも 芋だぞ。」
「な…ッ、なんだって…!?」
飛鳥ユーマの顔が驚愕に歪んだ時

いくつもの悲鳴が上がり、凄まじい光線が空間を切り裂き一直線に過ぎて行った。
激しい光が彼らの目の前ギリギリを通り、全員が驚いて腰を浮かせた。
カンナは屈んでいた体勢から皿を庇って尻餅をつく。
皿にとったカルパッチョを食べる前に倒れるわけにはいかないと思った。
しかし、その威力を目の当たりにすると、ゾッとして思わず式神を呼ぶ。
「うそだろ、今の食らったら気力どころじゃないだろ!エレキテル!」
秋水は陰陽刺又を構え、ビームが飛んで来た方角を向く。
不意打ちの一閃は、遠くに見えるドリンクコーナーが発射源と思われた。
すかさずミヅキの傍に立ったクラダユウが
「甘露族の技です」
「オオスミ部長だわ。」
「鍛練にしちゃ無差別すぎだろ〜!」
最初の軌道とは別の方向へ2回めの光線が迸るのを視界に捉え
式神も闘神士も、酒コーナーを向いて防御、または応戦の構えをとる。
なので、皿から落ちた生魚の頭が、ジワリと地に沈んで消えた事には誰も気付かなかった。



ビーム乱射の少し前、オオスミはため息をついていた。

「パワーメーターが動けばもっと詳細なデータが取れたのに残念だわァ。
 勝手にデータが集まる絶好のチャンスだったのに。」
鍛練の中間報告書に視線を定めたまま、手にしたジョッキを傾ける。
チラと横を見れば、ナンカイとクレヤマが
暑苦しい熱心さでミカヅチ様の素晴らしさについて語り合っていた。
そういえば討伐部長の姿をみないけれど、
生真面目なあの男のことだから、酒を飲みに来なくとも不思議ではない。
時間経過と脱落者数を確認して生ビールを一気に飲み干すと口をへの字に歪めて
「飲み始めて数字が安定しちゃったみたいね。
 だったらわたしがデータ量をグンと増やしてもいいわよねえ」
含み笑いとともにこぼした言葉にミユキが応える。
「オオスミ、わたしをもっと美しくしなさい」
甘露は手酌で延々と飲んでいた。手酌では足らず触手も使って相当量飲んでいて
心無しかいつもより血色が良くなっているのだった。
「ええ、勿論よ。そうねえ、先ずこの舞台を美しくしないと。 離・震・坎・兌!」

印が入るとミユキはグニャッと殻に籠って回り、まばゆいビームを発射した。

 「  うずまきこうそくシューター!! 」

「うわーっ!」
「なんだなんだー!?」
唐突に放たれた必殺、渦巻光速蹴汰はギュバーンと眩しく遠方まで届き、
その直線攻撃に運悪く巻き込まれた式神の闘神士の気力が目減りしてバタバタと失神していく。
「パーティー会場には、お立ち台にビームライトよねえ〜。どんどんいくわよー!!」
バブル時代に思いを馳せるオオスミも実は随分アルコールがまわっていた。
甘露組みの高笑いが耳障りにフィールドに響き渡った。

 
 
 
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